カスタマー平均評価: 4.5
麻雀へ愛を込めて 合わせて読んで欲しい本がある「酒とサイコロの日々」 麻雀をこよなく愛した著者の言葉 亡き父へとの思い出や 「想い」がこもった文章があるので そちらを読んでから この本を読むと更に楽しめると思います「サギサワ麻雀」は それでもこんなに麻雀が好きなのよォ〜〜って気持ちの伝わるエッセイ集です 勝てなくてもいいの 本当は勝ちたいけど いいの 麻雀・・・やめられないよォ〜〜って 著者の他界後に発見された小説「祈れ、最後まで」は 母の死により つなぎとめるモノがなくなり 自分の人生を見失った青年が 実は父と深い関わりがあった男と それと知らずに出会い その男の仲間と麻雀打つうちに 勝つ楽しさ 自分の感情を取り戻していく 爽やかな読後感を与えます どっとくる激情はありませんが 静謐な感動がそこにはあります 浅田次郎先生の小説の読後感に何処か共通したものがあります この感性豊かな才能溢れる女性が もうこの世にはいないー 非常に残念です これから どんな作品を書いただろうか? 早すぎる死が悼まれてなりません
静と動 鷺沢萠が常日頃から無視できずにいた「麻雀」という世界を、彼女の「静と動」二元フィルターを通してのぞける本。 前半「サギサワ麻雀」は、彼女の豪放磊落なキャラクターが笑いを誘いながら自らの麻雀生活をつづったもの。こちらが「動」。 最後に、逝去したのち発見されたという短編小説「祈れ、最後まで」は、彼女の麻雀に対する熾火のような熱情が感じられる佳作。こちらは「静」といえるのではないでしょうか。 ノリの違うエッセイと小説ですが、どちらも紛れもなく鷺沢萠が生きています。
「鷺沢」未体験の方々へ 作家の書く文章と、実際の本人の印象というのは、 往々にして違うものです。 その二面性を余すところ無く見て取れるのが本書ではないでしょうか。 「祈れ、最後まで」は独特の感性を駆使して描く、おなじみ鷺沢小説。一方「サギサワ麻雀」は、実生活を生きる鷺沢さんの姿そのままが見える、 ポートレートのようなエッセイ。(直接面識はありませんが、某麻雀大会でお見かけしたときの印象が、エッセイそのままでした) 残念ながら、もう鷺沢さんの新作が世に出ることはありませんが、 一人でも多くの人に「鷺沢萠」という、酒とギャンブルを愛した カッコイイおねえさんのことを覚えておいていただきたいと思います。
祈りは潰えてしまったのか。 麻雀を知らなくても彼女の文章力で「くすっ」と笑わせてくれる「サギサワ麻雀」。 麻雀を知らなくても「祈るという行為の尊さ」を教えてくれる「祈れ、最後まで」。 この2つの作品からなる本です。 「サギサワ麻雀」・・・麻雀をしているときの彼女の狼狽ぶり、喜怒哀楽、戦略を「でさー、アタシこの前こんなことがあったんだけどー」とお酒でも飲みながら聞かせてもらっている気分になりました。 いかに彼女が麻雀が好きで、そのために日々奮闘してきたかが伝わってきました。 天国でも、彼女は麻雀をたしなんでいらっしゃるのでしょうか。 「祈れ、最後まで」・・・ごく親しい友人が「人間、物事に熱意を感じられなくなったら終わり」と言いましたが、この作品を読んで改めてそれを感じました。祈りとは、何かに対する熱意であり、それをなくした人間は「生きている」のではなく、「死んでいない」だけなのだと。 主人公は、麻雀を通じて「死んでいない」状態から「生きている」状態へと変わっていきます。 麻雀の勝利への執念こそ、彼にとっては「取り戻した祈り=熱意」だったのかもしれません。 私は、最近何かを「祈って」いただろうか・・・読んだあと、真っ先に浮かんだ疑問です。 麻雀好きな方はもちろん、そうでない方もごらんになってみてください。 最後に、こんなに素敵な(稚拙な表現ですが、それ以外の言葉が思いつきません)文章を紡いだ鷺沢さんがもう新しい言葉を紡ぎだすことはないのかと思うと、切ないです。 彼女自身も「生きることに対する祈り」を取り戻したかったのかもしれませんが、それはかなわなかったのでしょうか。
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